わかみず会

わかみず会

2018年(平成30年)
開催回・開催日

第438回(2018/12/12)

発表題目

中津燎子さんの紹介

発表者

前田 英次郎

資料

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内容

1925年に袋で生まれた燎子さんは、3歳の時、父の任地ウラヂオストックへ渡った。 12歳の時、スターリンと日本の関係が悪化したのを受けて、福岡に帰る。 勤労奉仕に明け暮れる女学校時代を過ごし、敗戦となる。

1947年、電話交換手募集の張り紙を見て応募したら、米軍の交換手だった。 英語なんかできないよう、とビビるのを、OJTで鍛えられた。何とかなるもんだ。 仕事はなんとかこなしていたが、自分の発音が兵士たちと違うことが気になり、 日系二世の通訳の教えを受けて、白人並みの音を身につけることができた。 朝鮮戦争の修羅場をくぐり、日本人のメイドが命令を理解してくれない、 何とかしてくれとの依頼をこなすうちに、アメリカに行かないかとの誘いがあった。

1956年7月、横浜港から客船でアメリカに出発した。

1965年、夫、長男、長女と4人で帰国し、夫の勤務地である岩手県に居を構えた。 英語を教えてほしいという声にこたえて、悪戦苦闘したことを書いた 『なんで英語やるの?』が大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたことで、 世に知られるようになった。大阪に転居した後、英語の教員たちの 『南大阪発音研究会』が発足する。さらに、世界中に無数にある他文化と 付き合うためには、他文化を理解する能力を養う必要がある。 そのための基礎訓練として、未来塾を始めた。

12日には未来塾の骨格を解説する予定です。

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第437回(2018/11/28)

発表題目

中小・零細企業の悩み「納期見積り」についてアドバイスいただきたく

発表者

手島 歩三

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内容

わかみず会11月28日では、私が日頃悩んでいるスケジューリングについて、 発表や報告ではなく、皆様からアドバイスをいただきたく思っております。

中小・零細の機械加工型製造業では納期回答を支えるスケジューラとして 適当なものがなく、悩んでいます。

発表ファイルにその状況を記しました。できれば、わかみず会の皆様に事前配布し、 解決策について、当日アドバイスをいただきたく思っております。

現在、この種の悩みを抱えている企業の例として
 ・金属粉末製造業
 ・歯科技工業
 ・金属加工品(建物の付属品)製造業
 ・家具製造業
 ・基板製造業
などがあります。

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第436回(2018/11/14)

発表題目

ブロックチェーンへの誘い

発表者

鹿間 章宏

資料

非公開

内容

ブロックチェーンとは、最近話題の仮想通貨のコアとなる技術の一つであり、 データ記録に用いられている。最大の特徴はデータを分散管理しながらも、 改ざん耐性を兼ね備えるという、一見相反する特性を実現したものである。

本講演では、まず、ブロックチェーンの特徴、仕組み、従来技術との違いに ついて論ずる。

その後、ブロックチェーンを活かしたシステムの実例を紹介し、さらにブロ ックチェーン技術の応用例と可能性について論ずる。

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第435回(2018/10/31)

発表題目

中国文献から見た日本古代史

発表者

鈴木 勝

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内容

1. 漢倭奴国王
 ・倭の朝貢開始
 ・金印「漢委奴國王」の謎

2. 親魏倭王卑弥呼
 ・卑弥呼はなぜ魏に朝貢したのか
 ・日本書紀の神功皇后の記述との関係

3. 倭の五王
 ・倭国の積極的な朝貢の背景
 ・日本書紀での無視
 ・倭の五王は大和王朝のどの天皇に対応するのか

4. 日出る国の天子 − 遣隋使の時代  ・隋の煬帝は国書のどの内容に機嫌を損ねたのか

5. 天皇号と国号「日本」の成立

 
《参考文献》
@「京大人文研東方学叢書4−漢倭奴国王から日本国天皇へ」、冨谷 至、臨川書店、2018/3
A「金印偽造事件−「漢倭奴国王」のまぼろし」、三浦 佑之、幻冬舎新書、2006/11
B「諸説あり!−国宝「金印」はニセモノだった!?」、BS-TBS、2018/8/18放送
C「倭の五王−王位継承と五世紀の東アジア」、河内 春人、中公新書、2018/1
D「日本の古代1−倭人の登場」、森 浩一[編]、中央公論社、1985/11
E「私の日本古代史(上)−天皇とは何ものか」、上田 正昭、新潮社、2012/12
F「新「日本の古代史」(中)」、佃 収、星雲社、2015/9

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第434回(2018/10/17)

発表題目

連続体仮説の解説 AGAIN

発表者

古賀 明彦

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内容

連続体仮説とは19世紀終わりに 集合論の創始者の Cantorによって提起された 「自然数の集合Nと実数の集合 Rの間にはそれらの中間的な大きさ(基数)の 集合は 存在しない」という仮説であり、1900年に Hilbert によって23の未解 決問題の第1番目に取り上げられた。

結局、この仮説は公理的集合論 ZFC と独立で、 その肯定も否定も ZFC と矛盾 しないことが 証明された(肯定 Godel 1938,否定 Cohen 1963)。

集合論のこのような根本的な問題は,我々計算機科学を 学習しているものにと っても、思考を支える基礎的な概念に係わり、興味深い。

連続体仮説は過去わかみず会でも取り上げられたが, 今回は多少厳密性を犠牲 にし、数学専攻以外の人にも その否定の無矛盾性証明の粗筋が分かるようにし たい。特に N と R の間に中間的な大きさの集合を押し込むイメージを明解に 描きたい。発表は次の内容を予定している。
 1. 連続体仮説とは
 2. 素朴集合論要摘
 3. 証明論とモデル理論,および,レーベンハイム・スコーレムの定理
 4. 公理的集合論 ZFC 概要
 5. ZFC と連続体仮説の否定の無矛盾性

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第433回(2018/10/3)

発表題目

AI談義

発表者

大野 q郎

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内容 1 AI屋のAI論
2 何をAIとするか
3 王 銘エン 囲碁観
4 コセリュウ 言語観
5 囲碁とAI:道策流・天石流
6 言語とAI:縄文語・『母型論』
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第432回(2018/9/19)

発表題目

素人による経済学説史の学習 - その2

発表者

峰尾 欽二

資料

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内容

経済学に多大な関心があるにも関わらず、その知識は皆無に近いのが実情です。 一念発起して、簡便に経済史を学んでみようと思い立ちました。身の程をわきまえず、 近代経済学成立して以後の主要学説史を学ぶことにしました。 もちろん、原典に当たることなど思いも及ばず、手に入る簡便な解説書に 頼ることにしました。以下の二著です。
 ・『経済学をめぐる巨匠たち』(小室直樹)
 ・『思想としての近代経済学』(森嶋通夫)

両書に共通に取り上げられている対象を選びました。その経済学者たちは、 (例外として、)アダム・スミス/リカード/ワルラス/マルクス/ ウェーバー/シュンペーター/ケインズ/ヒックス/高田保馬 です。小冊子で巨大な学説を紹介しており、当方の無知と相まって、 その理解は心許ないですが、今後の学習課題を選択する助けにはなるだろうと心得ています。 今回は2回目の報告で、ワルラスを対象にします。 (できれば、マルクスに入ります。)

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第431回(2018/9/5)

発表題目

無分別の哲学(4)

発表者

柳生 孝昭

資料

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内容

小生が仏教に関心を持ち始めたのは、約40年前、1979年代後半のこと、契機は 下記のようなものであった:

第1は仏教美術、中でも天平仏像の魅力。1980年の「東大寺展」は衝撃、大きな 驚きと深い感動を覚えた。

第2は大乗、特に「中論」の 空 = 縁起 の説の、D. Hilbert の形式主義や構造 主義文化人類学と相俟って、物質世界の Data Modelling に於いて、実体・本質 の固定観念を離脱し、関係的接近法の確立に資する可能性の、強い示唆。 当時、「標準」とされていた CODASYL 型や関係 Model は、多項関係の形式と意 味を表現する機能を欠く、と見た。因みに当時の考究は、(LMS と呼ぶ)CAD の ための Data Model に結実している。

第3に、仏教美術に限らず、あらゆる芸術作品 - 絵画、彫刻、音楽、演劇、文学、 他 - の与える感動の根底に、宗教性ないし精神性が沈潜していると、思い知った こと。1981年の法隆寺夏期大学に参加し、堂宇や宝物も拝む毎日であったが、 或る日、一人の若者が中門に向かい、合掌するのを見た。その真剣な眼差し、凛 々しくも堂々とした立ち姿に、鮮烈な印象を受けるのと同時に、学・美・信の間 の深い内的関連が、直観的に閃いた。

近時、関心は専ら、周知の通りの難解な仏典を、標準論理を含む現代の我々の言 葉に沿って理解することの可能性、に在る。関連して、仏者・仏教学者と、某か 他分野の専門家、特に科学者との、仏教の教理や言葉を巡る対話を見聞きする度に、 各人の、専門用語・概念・知見を自然言語(日本語)で正確・明晰に表す努力の 不足と、逆に対手の話を納得の行くまで理解するための、徹底的な追求の欠如を 感じる。様々の事情が有ろうが、相互理解を半端の儘に放置するのは、知的怠慢・ 不誠実の誹りを免れまい。

本稿は、そもそも仏教、取り分け中観や公案禅に、逆説・自己矛盾的表現が多く 見られることと、上の状況に鑑み、仏教言説の葛藤を解明し、明晰・合理的に 理解するための一助とすることを、目指す。

具体的には、葛藤の根源が妄分別、即ち、捉われずに観るべき物事に、妄りな差 別を立てる行いに在るとの戒め、そこから多くの、様々な理法が導かれ、説かれ て来た事情を歴史的・論理的に考察し、更には原始仏教の倫理的・実践的な戒め が、部派仏教から般若、中観、後期大乗を経て概念化・言説化され、唯識、禅や 浄土信仰に至る展開を通して、理論的中枢を形成したことを、確認する。

実に「妄分別とその結果である謬見を捨てよ」とは、実践・理論の双方に於いて、 仏教の核心に位する大命題であった。「無分別の哲学」と題する所以である。

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第430回(2018/7/4)

発表題目

日本書紀の謎を解く

発表者

鈴木 勝

資料

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内容

日本書紀は、日本の古代史を研究する上で欠くことができない資料です。しかし、 神話を別としても、それ以外の内容をそのまま史実と受け取ることはできないため、 あまたの研究者がそれぞれの観点で内容の吟味を行ってきました。

その中で、中国語音韻史の研究者である森 博達(ひろみち)氏が提案した日本書紀 区分論を中心とする成立過程の研究成果を紹介いたします。森氏の分析により、日本 書紀30巻の執筆順序、執筆者の特質、完成前の加筆・潤色などが明らかにされつつあ ります。

 
≪内 容≫
 * 古事記と日本書紀
 * 書名について
 * 日本書紀 各巻の構成と頁数
 * 日本書紀の実証的研究
 * 書紀成立区分論
 * 音韻学と日本書紀
 * 日本書紀の万葉仮名分布  * 漢字音による書紀区分論(書紀音韻論)
 * 漢字音以外の要素による分析(書紀文章論)
 * 書紀編修論
 * 各巻の述作者と編修の順序
 * 佃氏の説(参考文献C)
 * 森氏の説の評価(参考文献A)

 
≪参考文献≫
 @「日本書紀の謎を解く − 述作者は誰か」
  森 博達、中公新書、1999/10
 A「日本書紀 成立の真実 − 書き換えの主導者は誰か」
  森 博達、中央公論新社、2011/11
 B「古代の音韻と日本書紀の成立」
  森 博達、大修館書店、1991/7
 C「新「日本の古代史」(下)」
  佃 収、星雲社、2017/7
 D「日本書紀と古代天皇」
  瀧音 能之[監修]、青春出版社、2012/6

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第429回(2018/6/20)

発表題目

コンビネータ論理

発表者

川辺 治之

資料

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内容

モーゼス・シェーンフィンケル(モイセイ・シェインフィンケリ)によって始められ たコンビネータ論理は,ラムダ計算と同等の計算能力をもつ。コンビネータの構文に は変数がないので、ラムダ計算におけるα変換を考えなくてよいという利点がある。

すべてのコンビネータは,コンビネータSとKを使って表すことができる。コンビネー タ論理において、すべての真な文(コンビネータの等式)のゲーデル数からなる集合 が計算可能でないことの証明を紹介する。 今回、紹介する内容は、田中一之監訳、川辺治之訳『スマリヤン数理 論理学講義(下)』(日本評論社、2018)の第III部(第8章?第12章)に基づく。

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第428回(2018/6/6)

発表題目

素人による経済学説史の学習 - その1

発表者

峰尾 欽二

資料

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内容

経済学に多大な関心があるにも関わらず、その知識は皆無に近いのが実情です。一念 発起して、簡便に経済史を学んでみようと思い立ちました。身の程をわきまえず、 近代経済学成立して以後の主要学説史を学ぶことにしました。もちろん、原典に当た ることなど思いも及ばず、手に入る簡便な解説書に頼ることにしました。以下の二著です。
 ・『経済学をめぐる巨匠たち』(小室直樹)
 ・『思想としての近代経済学』(森嶋通夫)

両書に共通に取り上げられている対象を選びました。その経済学者たちは、(例外と して、)アダム・スミス/リカード/ワルラス/マルクス/ウェーバー/シュンペーター/ ケインズ/ヒックス/高田保馬です。

小冊子で巨大な学説を紹介しており、当方の無知と相まって、その理解は心許ないですが、 今後の学習課題を選択する助けにはなるだろうと心得ています。とても1回の講演で終わ るものとも思えないので、題目に「その1」を付記した次第です。

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第427回(2018/5/23)

発表題目

哲学と数学 − にわとりが先か卵が先か

発表者

染谷 誠

資料

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内容

シャピロ著『数学を哲学する』に従って、数学と「数学の哲学」の関係について紹介します。

著者は先ず次のように問いかけます。「哲学が数学のしかるべきあり方を決定したり示唆 すると、どの程度期待できるであろうか」と。続いて「長い間、哲学者たちと一部の数学 者たちは、形而上学や存在論のような哲学的な問題が数学のしかるべきあり方を決定する のだと信じていた」として、次の三つの事例について、その概要をのべています。
 ・プラトンのイデア説
 ・直観主義数学の主張
 ・非述語的定義の批判

これらの事例の示唆する考え方、哲学が数学の実践に先行するという「哲学第一原理 philosophy-first principle」と、これに対する極端な反論「哲学的見解は、数学に対し て貢献すべき何ものももたないどころか、無意味な屁理屈、あるいは部外者の余計なお世 話にすぎない」を比較しながら、「数学の哲学」の役割を提案しています。

なお、この極端な反論を「哲学最終原理 philosophy-last-if-at-all」(哲学が可能とし ても、それは最後にやってくる)と呼んでいる。

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第426回(2018/5/9)

発表題目

要約、佃古代史「日本人と日本語の起源」他

発表者

手島 歩三

資料

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内容

佃収氏は日本や中国、朝鮮、契丹などの古文書をデータベースに取り込み、様々な角度から 検索して、歴史の食い違いや一致点を分析しておいでです。

正史「日本書紀」に書かれている「神話」とされている部分も古文書を捲ると、意外な事実 を表していることが見えて来ます。しかし、それだけでは足りない。考古学の幾つかのアプ ローチによる研究結果と突き合わせて、確認しておいでです。

今回は染色体と言語学の二つの角度から、古文書(偽書?)に書かれている事柄の信憑性を 調べておいでです。

私(手島)の理解は不十分ですので、叱られると思いながら、面白いので説明に挑戦します。

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第425回(2018/4/25)

発表題目

無分別の哲学(3)

発表者

柳生 孝昭

資料

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内容

小生が仏教に関心を持ち始めたのは、約40年前、1979年代後半のこと、契機は下記のような ものであった:

第1は仏教美術、中でも天平仏像の魅力。1980年の「東大寺展」は衝撃、大きな驚きと深い 感動を覚えた。

第2は大乗、特に「中論」の 空 = 縁起 の説の、D. Hilbert の形式主義や構造主義文化 人類学と相俟って、物質世界の Data Modelling に於いて、実体・本質の固定観念を離脱し、 関係的接近法の確立に資する可能性の、強い示唆。当時、「標準」とされていた CODASYL 型 や関係 Model は、多項関係の形式と意味を表現する機能を欠く、と見た。因みに当時の考究 は、(LMS と呼ぶ)CAD のためのData Model に結実している。

第3に、仏教美術に限らず、あらゆる芸術作品 - 絵画、彫刻、音楽、演劇、文学、他 - の 与える感動の根底に、宗教性ないし精神性が沈潜していると、思い知ったこと。1981年の 法隆寺夏期大学に参加し、堂宇や宝物も拝む毎日であったが、或る日、一人の若者が中門に 向かい、合掌するのを見た。その真剣な眼差し、凛々しくも堂々とした立ち姿に、鮮烈な印 象を受けるのと同時に、学・美・信の間の深い内的関連が、直観的に閃いた。

近時、関心は専ら、周知の通りの難解な仏典を、標準論理を含む現代の我々の言葉に沿って 理解することの可能性、に在る。関連して、仏者・仏教学者と、某か他分野の専門家、特に 科学者との、仏教の教理や言葉を巡る対話を見聞きする度に、各人の、専門用語・概念・知 見を自然言語(日本語)で正確・明晰に表す努力の不足と、逆に対手の話を納得の行くまで 理解するための、徹底的な追求の欠如を感じる。様々の事情が有ろうが、相互理解を半端の 儘に放置するのは、知的怠慢・不誠実の誹りを免れまい。

本稿は、そもそも仏教、取り分け中観や公案禅に、逆説・自己矛盾的表現が多く見られるこ とと、上の状況に鑑み、仏教言説の葛藤を解明し、明晰・合理的に理解するための一助とする ことを、目指す。具体的には、葛藤の根源が妄分別、即ち、捉われずに観るべき物事に、妄り な差別を立てる行いに在るとの戒め、そこから多くの、様々な理法が導かれ、説かれて来た 事情を歴史的・論理的に考察し、更には原始仏教の倫理的・実践的な戒めが、部派仏教から 般若、中観、後期大乗を経て概念化・言説化され、唯識、禅や浄土信仰に至る展開を通して、 理論的中枢を形成したことを、確認する。

実に「妄分別とその結果である謬見を捨てよ」とは、実践・理論の双方に於いて、仏教の核 心に位する大命題であった。「無分別の哲学」と題する所以である。

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第424回(2018/4/11)

発表題目

ダイアグラムの利用について

発表者

小島 俊雄

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内容

考え方の整理や、他人に考え方を理解しやすい形で提示したりする際に、種々のダイアグラム を用いることが多くなっています。

生物の進化だけでなく、プログラミング言語、コンピュータ等の製品の系列表現等にも用いら れています。また、最近はUMLのクラス図等のように、ダイアグラムを容易に作成・管理できる ソフトウェアも整備されてきています。

本稿では、第284回に取り上げた「生物系統学」から対象を拡げて、ダイアグラムの利用につい て学んだことをご紹介します。

開催回・開催日

第423回(2018/3/28)

発表題目

山崎正勝:20世紀物理学を哲学的に考える」についての所見

発表者

柳生 孝昭

資料

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内容

先頃、或る、主として哲学に関心を寄せる人々の研究集会に於いて、標記の講演を聴き、 講師とも議論する機会を得た。

標題は興味深く、内容は天文学、電磁気学、量子力学等を題材に、20世紀の科学哲学を 主導した二つの潮流、即ち論理実証主義を先駆とする、科学の単線的進歩史観と、その 批判者 T. Kuhnの提唱に成る、相対主義的な Paradigm論を共に斥け、理論・事実の多 様性を中心に置く進化史観を展開する、というものである。

講師は元は物理学の研究に携わり、その後、科学史・科学哲学に転じた、この話題を論 じるには真に適切な経歴の人である。然るに講演・資料には科学理論・歴史的事実につ いて、幾つもの看過し難い誤りを含み、それらの解釈にも、少なからぬ疑問を感じさせる。

そこで資料を改めて精読し、疑問、批判、所見を記すことにした。結果は当日の印象を 一層深め、専門家による専門的な仕事に反面教師を見る仕儀となった。だが対手の文句の 無い資格に照らすと、当方の飛んでもない錯覚・誤解かも知れぬ、軽率な判断は禁物と 思い返し、就いてはわかみず会の諸賢の高見と叱正を仰ぐのが良し、と考えた。

開催回・開催日

第422回(2018/3/14)

発表題目

「範疇文法 - 部分構造論理の一例」

発表者

山崎 利治

資料

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内容

Joachim Lambek (1922 ? 2014) は, 英文断片が文か否かを判定する算法を与えた。 そこでつぎを話題にしたい。
  * 範疇文法
  * Lambek 計算 L
  * L は部分構造論理

前世紀中葉に言語学の形式化が進み、構文論/意味論が形成された。この流れにコンパイラ 作成理論もでき、お話しはその回顧でもある。

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第421回(2018/2/28)

発表題目

「SPH法入門」

発表者

岡野 豊明

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内容

SPH(Smoothed Particle Hydrodynamic)法は、1977年のGingoldとMonaghanによる天体 物理のシミュレーションに関する論文が起源とされており、差分法や有限要素法のよう な空間メッシュの必要のない粒子法と呼ばれる流体解析手法です。対象はメッシュなど 切りようがない広大無辺の宇宙が対象でした。

一方、実世界の数値流体力学の世界では、対象形状の複雑化とメッシュ数の増大とともに、 メッシュ切りが大きな負担となっています。メッシュがちゃんと切れているのかチェック するのが大変なのです。そこで、メッシュ切りの必要のないSPH法が近年注目を集め、 ちょっととしたブームを巻き起こしました。GPUを用いた並列計算手法を取り入れた研究 なども行われています。津波や洪水、土石流などの災害時の流れの計算などに適しています。 本稿では、SPH法の基本的な計算手法について紹介します。

開催回・開催日

第420回(2018/2/14)

発表題目

「AIを解説する」

発表者

大野 q郎

資料

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内容

専門用語を、飲み仲間や子どもに分かりやすく解説してみせるのは至難です。「ソフト ウエア」や「プログラミング」のような専門分野でもまったく事情は変わらない。専門 分野のプロというだけでもダメですし、子ども向けのコトバのプロというだけでもダメで、 両方達者でないとうまくいかないらしい。

ぶっちゃけた話、「ソフトウエア」や「システム」に関連する NHKの放送大学番組や全国 紙の解説や説明を覗いてみると、民度の高い日本人が、堪えに堪えて、これらに聴取料や 購読料を払っている理不尽さに呆れてしまいます。どうしてこんな無様なことになってし まったのか、「NHK の本性は何だ?」とAIに訊いてみたいところです。

「ソフトウエア」や「プログラム」の半世紀前の出藍期には、こんな惨状はありませんで した。これぞという工学者や物理学者あるいは数学者が、ソフトウエアやプログラミング 言語のテキストを なぜか NHK や全国紙に発表し、やる気のある若者がまっとうに研鑽し ていたのでした。先生方のお名前を挙げますと、朝永振一郎、森口繁一、後藤英一さんな どで、同じ町内会生れであったり、近くの酒処でご一緒した方々ばかりです。皆さんのソ フトウェアテキストは今でも世界に燦たる出来栄えです。

さて、今の NHK もどきとは一味違う AI の素人向けテキストを、無謀にもこさえてみよう というのが本稿の趣旨です。始めは不出来でも、目利きに揉まれれば、そのうちまっとう なものになるかもしれないという一縷の望みがあるからです。なぜAIという課題かと言えば、 ヒトの限界を一番はっきりさせますし、飲み仲間のこれからの生業に一番關係しそうだから です。まず、最近のAI 関連の著作から、これぞという次の3作品を紹介します。

一番目は、ここ20年 AI 囲碁にもっとも造詣の深い囲碁専門棋士、王銘エン九段の作品です。

二番目は、将棋名人を始めて倒したプログラムを作った将棋プログラム作家山本一成さんの 作品です。一番目と二番目は、今回(第1回)紹介分です。

三番目は、次回(第2回)になりますが、このAI囲碁ブームを巻き起こしたアルファ碁の 「ネイチャー」誌のオリジナル論文です。ちょっと先走りますが、そのあらましや鍵語を、 以下3枚の「註」で、一部だけご紹介しておきます。

今回はオハナシで、来春予定の次回は、 NHK もどきではないプログラミングの若手向きの ハナシを狙います。最初から言い訳はしたくないのですが、本稿は囲碁と将棋がある程度 わかる人を対象にしてしまいました。因みに、やつ枯れは、将棋は素人3段、囲碁は素人 6〜7段位です。

開催回・開催日

第419回(2018/1/31)

発表題目

「『中津燎子 著 英語と運命----つきあい続けて
  日が暮れて----三五館 2005/12/8』を紹介します」

発表者

前田 英次郎

資料

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内容

この本の帯には「これから30年間、これほど熱い「英語と日本人」の本はもう登場しない」 とあります。読んでみれば、この帯に偽りはない、と納得します。

1925年福岡で生まれた燎子、領事館の通訳であった父の勤務地ウラヂオストックで、3歳から 12歳までを過ごす。風邪をひくと高熱を発し、長期間寝込んでしまう、という超虚弱体質。 元気な時は、領事館で働くロシア人、中国人、韓国人の子供たちと遊ぶが、飛び交う言葉は、 大部分がロシア語、中国語、韓国語が少々、日本語はなし。

日本人小学校に入る直前に、ロシア語でしか数をかぞえられなくて、両親が愕然。

12歳で日本に帰ってきて、女学校に入学。女学校は教育どころではなく、女子挺身隊として、 軍需工場でボルトやナットを削っていた。食糧不足で飢餓一歩手前の状態だったが、不思議 なことに、体力がついてきた。

昭和22,23年のある日、「電話交換要員急募……福岡電報電話局」の張り紙を見つけて、 電報電話局に行ったところ、面接官が米軍将校でびっくり、英語なんかできないよと思ったが 採用されてしまった。日系二世の訓練係がついて、さっそく実地で研修開始。2,3週間で慣れ てはきたが、英語の実力不足はレキゼン。正確なアルファベットの発音が必要と考えた。 もの静かで温厚な日系二世の通訳がトレイナーを引き受けてくれて、地獄の特訓が始まった。 8人の参加者で始まったが、24年の春から25年の春までの1年、さいごまで続いたのは2人、 日系二世が1人と燎子だった。GHQの試験が好成績で、給料が上がった。昭和25年6月、朝鮮 動乱が始まった。

日本全土が連合軍の後方支援基地となり、「福岡特電局」は通信の最前線拠点となった。 混雑する電話をさばく中で、「よくわからない、もう一度言ってくれ」と言われなり、相手の 言葉も間違いなく聞き取れていることに気づく。特訓の成果だった。日本中の基地から集めら れた兵士たちを朝鮮に送り出し、のちにその隊の全滅の知らせを聞くことがつづいた。 釜山がおちたときは、次は福岡と誰もが思った。

いろいろあって  ○昭和31年  アメリカに留学。  ○昭和40年  2人の子供と夫とともに帰国。岩手県に住む。日本人高校生の英語のスピーチが全く聞き  取れなかったことに驚いて、英語の音を身に着ける塾をはじめる。  ○昭和49年  塾の状況を「なんで英語やるの? 午夢館」として出版。  大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。以後、著書多数。

開催回・開催日

第418回(2018/1/17)

発表題目

「無分別の哲学(2)」

発表者

柳生 孝昭

資料

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内容

小生が仏教に関心を持ち始めたのは、約40年前、1979年代後半のこと、契機は下記のような ものであった:

第1は仏教美術、中でも天平仏像の魅力。1980年の「東大寺展」は衝撃、大きな驚きと深い 感動を覚えた。

第2は大乗、特に「中論」の 空 = 縁起 の説の、D. Hilbert の形式主義や構造主義文化 人類学と相俟って、物質世界の Data Modelling に於いて、実体・本質の固定観念を離脱し、 関係的接近法の確立に資する可能性の、強い示唆。当時、「標準」とされていた CODASYL型 や関係 Model は、多項関係の形式と意味を表現する機能を欠く、と見た。因みに当時の考究 は、(LMS と呼ぶ)CAD のための Data Model に結実している。

第3に、仏教美術に限らず、あらゆる芸術作品 - 絵画、彫刻、音楽、演劇、文学、他 - の 与える感動の根底に、宗教性ないし精神性が沈潜していると、思い知ったこと。1981年の 法隆寺夏期大学に参加し、堂宇や宝物も拝む毎日であったが、或る日、一人の若者が中門に 向かい、合掌するのを見た。 その真剣な眼差し、凛々しくも堂々とした立ち姿に、鮮烈な 印象を受けるのと同時に、学・美・信の間の深い内的関連が、直観的に閃いた。

近時、関心は専ら、周知の通りの難解な仏典を、標準論理を含む現代の我々の言葉に沿って 理解することの可能性、に在る。関連して、仏者・仏教学者と、某か他分野の専門家、特に 科学者との、仏教の教理や言葉を巡る対話を見聞きする度に、各人の、専門用語・概念・ 知見を自然言語(日本語)で正確・明晰に表す努力の不足と、逆に対手の話を納得の行く まで理解するための、徹底的な追求の欠如を感じる。 様々の事情が有ろうが、相互理解を 半端の儘に放置するのは、知的怠慢・不誠実の誹りを免れまい。

本稿は、そもそも仏教、取り分け中観や公案禅に、逆説・自己矛盾的表現が多く見られるこ とと、上の状況に鑑み、仏教言説の葛藤を解明し、明晰・合理的に理解するための一助とする ことを、目指す。

具体的には、葛藤の根源が妄分別、即ち、捉われずに観るべき物事に、妄りな差別を立てる 行いに在るとの戒め、そこから多くの、様々な理法が導かれ、説かれて来た事情を歴史的・ 論理的に考察し、更には原始仏教の倫理的・実践的な戒めが、部派仏教から般若、中観、 後期大乗を経て概念化・言説化され、唯識、禅や浄土信仰に至る展開を通して、理論的中枢を 形成したことを、確認する。実に「妄分別とその結果である謬見を捨てよ」とは、実践・理論 の双方に於いて、仏教の核心に位する大命題であった。「無分別の哲学」と題する所以である。